ねこやまローカボ日誌

美味しいご飯を気にせず食べたい、食べさせたい。だから厳選ローカボレシピを紹介させて。

中学受験ブログ23 ご自宅との指導方針の共有と、その主導権のバランス感覚

ご自宅との指導方針の共有と、その主導権をどこに置くか

 

自宅での宿題のやり方。

 

生徒が大半の時間を生きる、自宅環境。

その空間を効率的に過ごすには、ご家庭との意識共有が必須となる。

 
指導方針の共有。

 

生徒の親御様と、担当講師の指導方針のシェア。

このシェアのバランスにより、今後の進め方が大きく変化する。

 

 

これは一人の中学受験生と体験した、2年間の受験記録。

お時間のある際にでも、お読みいただければ幸いだ。

 

~ 過去のバックナンバー ~

 

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時に崩壊するご家庭との指導方針の共有

時に崩壊するご家庭との指導方針の共有

 

授業で何をするべきか。

 

私は何をするべきか、コウスケは何をするべきか。

観察を中心とした指導の結果、段々私たちの方向性が見えてきた。

 

これからの方向性と、問題点の改善。

それはコウスケと私が、共に授業内で発見してきた要素である。

 

そしてこれは、これからも継続する必要がある。

共に発見した問題点を、共にクリアする単純な方向性だ。

 

 

同じ思考を繰り返し、より良い方向にブラッシュアップする。

シンプルに完成しつつある、自分自身の指導方針。

 

私はそのことが、大変嬉しかった。

やるべきことが明確な時、いつもそんな嬉しい気持ちが沸き起こった。

 

 

ただ、そんな時。

 

一人の友人講師が、一つの問題に巻き込まれた。

そしてそのことについて、飲みながら相談に乗ることになった。

 

浮かない表情を見せる、友人講師。

どうしても今日飲みたいと言う彼の表情は、非常に険しかった。

 

もしかして君は、JKにちょっかい出したわけではあるまいな。

そんなハプニングを少し期待しつつ、私は彼との飲みを快諾した。

 

 

そしてその日の夕方、行きつけの中華料理屋に向かった。

777円で定食が食べられる、何ともカタコトな優良店だ。

 

いつもの定食を頼み、同時に紹興酒を貰う。

1500円でキープされた、先週の飲み会の生き残りである。

 

そして早速、相談が始まった。

唐揚げを頬張りながら、友人の遠藤先生が語り始めた。

 

 

その内容は、いたって単純。

それは指導方針に対する、両親の過干渉だった。

 

両親の過干渉。

それはその名の通り、両親が過度に指導方針に干渉してくる現象である。

 

毎日のように電話がかかり、指導方針を確認される。

そしてその時間は、約1時間にも登るらしい。

 

最初はシンプルに、我が子への心配ゆえの行動だと思ったらしい。

それは以下の様な、両親がお持ちになる当然の不安でもある。

 

 

何を使って、何を教えているのか。

最終的に何ができるようになり、合格できるのか。

 

この教材が終わったら、次は何を使うのか。

そして自宅では、どんな学習をさせればよいのか。

 

 

これらは当然、講師にも報告・共有の義務がある。

しかし今回は、それだけに留まらない以下の問題点が存在した。 

 

最初は10分程度だった報告も、段々その時間を広げてくる。

質問が膨れ上がったご両親とのお電話は、時に1時間にも及んでしまう。

 

これは完全に、自分の授業にも支障が出る。

だから僕は、担当を外れようと思っている。

 

そんな悩みを打ち明けてくれた、遠藤先生。

私は何気なく聞きながら、何気なく笑っていた。

 

 

大変だねぇ。

めっちゃ熱心ママさんなんだ。

 

私は何気なく、そのお話を聞いていた。

いつもの笑い話に着地するだろうと、肩の力を抜きまくり。

 

しかし話は、そんな単純なものではなかった。

聞けば聞くほど、その問題の重要性にハッとさせられたのだ。

 

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バランスの良い主導権の置き場

指導方針のバランスの良い主導権の置き場

 

いや、笑えないんだって。

 

本気で顔を引きつらせる、同僚講師の遠藤君。

その続きを聞きながら、私の箸は完全に止まってしまった。

 

ご両親が教育熱心なだけなら、何も問題ない。

それは成果をあげれば良いだけで、講師の同然のお仕事だから。

 

 

しかし問題は、そこではない。

成果を出せばOKという、もはや単純な論点ではない。

 

その問題点とは。

講師が持つ将来のビジョンを上塗りされることである。

 

講師が考える指導方針を、両親が否定する。

もしくは否定するレベルでなく、ご自身の意見を練り込んでくる。

 

さらにそれは子供への心配心を超えた、別の感情に由来する。

時に散見されるその感情は、講師への対抗心に近いものがある。

 

 

ただ誤解なきよう、申し上げておきたい。

決してこれは、両親様の指導方針を否定するものではない。

 

あくまで塾というツールを活用する上で、障壁となる要素だと言うこと。

講師の指導方針に、過度に介在しすぎる問題点のお話である。

 

 

確かにお子様をよく観察されているのは、ご両親。

彼らが生まれてきて、最も彼らを良く知るのは彼らである。

 

そしてその観察の結果、生徒たちに必要な要素も見えてくる。

結果としてご自身の見解を、指導方針に加えたいという意識も痛いほどに分かる。

 

 

ただ重要なのは、そのバランス

人生において最も重要だと考える、バランスの問題なのだ。

 

ご両親様のご意見を、全く入れないと言うものではない。

練り込むべき意見の量、あくまでもそれが重要なのだ。

 

 

ご両親の考える学習方針を、過度に指導方針に介在させる。

そうしなければ、一般的に塾が持つ以下のメリットを半減させてしまう。

 

塾(講師)が指導するメリット(一部)
  • 生徒をゼロから客観的に観察し、学習方針を与える
  • 時に感情・性格面を加味せず、圧倒的な量だけを与える
  • 普段とは違う場所で、ストイックな学習体力をつける
  • 出来ないことを無理やり可能にする、強引な大人の仕事を達成させる

 

冷徹にも思われる、これらの要素。

ただこれは、受験戦争を勝ち抜くための修行の要素を持ちあわせる。

 

普通に勉強していても、決して受からぬ受験戦争。

別世界とも思える環境で、生き抜く力を養わなければならない。

 

その時に求められる、他人(講師)による客観視

そして必要なものを冷静に分析する、講師としての経験値。

 

時に10:0(講師:ご両親)が正解とも言われる、意見の配分。

ご両親の方向性と講師の指導方針を、いかにバランス良く配分するべきか。

 

決して一記事では語り切れぬ、指導方針の共有問題。

ご家庭と最高のゴールを迎えるために、議論不可欠な問題である。

 

~ 次回24回に続く ~