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ねこやまローカボ日誌

美味しいご飯を気にせず食べたい、食べさせたい。だから厳選ローカボレシピを紹介させて。

~快適雑記~ 子供が慣れるまで親が付き合ってくれるっていいよね。

人生が楽になる雑記


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人間の慣れって、最高に便利だよね。

 

どんな出来事にも、初めての時がある。

そして多くの場合、その時に好き嫌いが分かれてしまう。

 

私は自己啓発や行動学、心理学の本が大好きだ。

偉人や先人達がくれるアドバイスは、私の心を見通してくれる。

 

ドンピシャで気持ちを当てられた時、とホッと胸をなでおろす。

 私だけではなかったのだと、安心するのだ。

 

 

その中で繰り返し論ぜられる、人の慣れの優秀さ。

あらゆる苦難を乗り越えられる、素晴らしいツールである。

 

この慣れを上手く活用すれば、私たちはもっと快適に生活できる。

どんなハードノルマにも、段々と順応する力を養えるのだ。

 

 

何気なく書き始めた、快適に生きるためのこの雑記。

本日は人の慣れについて、書かせていただきたい。

 

良かったら、ご覧いただけるだろうか。

お時間のある際にでも、ご覧いただけると幸いだ。

 

 

 

 

自転車練習を通じて感じた慣れ

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少し私の小学生時代の話をさせていただきたい。

 

私は誰よりも自転車スキルの習得が遅い少年だった。

 

こんな細いタイヤに身を任せ、前進することなど出来ない。

初めて自転車に乗った時、自分には無理だと思った。

 

そしてその気持ちは、私の自転車練習を大きく妨げた。

クラスで一人だけ自転車に乗れない少年の完成である。

  

 

自転車の習得を放棄した私は、別の道を模索する。

自らの足を使い、全ての移動を決行することにしたのだ。

 

友人の家に行くにも、根性で走っていく。

忘れたゲームを取りに帰る時にも、全力疾走。

 

時には友人同士で、自転車の旅すら計画された。

その時にも私は、時間の道のりを走り抜いたのだ。

 

今考えてみれば、なんて無謀な日々だったのだろう。

あの自転車必須の田舎のコロニーで、私は足のみで乗り切ろうとしたのだ。

 

 

そして、ついにそのほころびが崩壊する日がやってきた。

 

忘れもしない、小学5年生の夏休み。

友人の一人が、とんでもない事を口走ったのだ。

 

 

鳥取砂丘に行こう。

  

…なんだと?

 

ふざけてはいけない、中倉君。

小学生が友人同士で、県を越えるというのか?

 

当時私が暮らしていた実家は、岡山県。

その北には、鳥取県という異国が存在する。

 

そして私の町から鳥取砂丘まで、車でおよそ2時間

その距離を、一日がかりで自転車で走破しようと言いだしたのだ。

 

狂ってやがるぜ、中倉君。

キミのクレイジーさは、長靴にダンゴムシを詰めていた頃から感じていたぜ。

 

 

しかし、私は事態を正確に把握しなければならない。

もし仮に彼のアイデアが承認された場合、私は何キロ走り抜ければいいのだ。

 

私は即座に、公文式で培った頭脳をフル回転させた。

紙とペンを出すこともなく、どや顔で脳内に計算式を書き殴った。

 

 

3時間×60km/1時間=180km

 

おいまて、中倉君。

このやんちゃな距離を、自転車で走り抜けると言うのか?

 

しかし季節は、小学生の脳内が沸騰する夏休み。

正常な判断が出来るはずもない少年たちは、完全に乗り気だ。

 

180kmという数値にも、ピンと来ていない山根君。

夕方には帰ってこれるという、根拠のない計算をする吉村君。

 

もうだめだ。

誰一人として不可能だと判断してくれないのだ。

 

そして向けられる、私への目線。

自転車に乗れない私に対する、憐憫な10つの瞳。

 

 

まずい。

これは確実にお留守番させられる。

 

ご記憶にあると思うが、夏休みのお留守番は最強に寂しい。

皆が遊んでいる中で、一人だけがお留守番をしなくてはならないのだ。

 

一人で素麺を食べている間、友人たちは堂々と買い食いをしている。

昼食という大義名分を手に入れた、たこ焼きの買い食いに興じているのだ。

 

そんなことを想像するだけで、悲しくなってくる。

昼食に用意された大好物のスーパーカップすら、喉を通らないのだ。

 

買い食いの魅力についても、本当は1万文字くらいの記事にしたい。

しかし今回は、慣れについてのみに言及しよう。

 

 

お話を戻そう。

決断を迫られた私は、いったいどうするべきなのか。

 

決断は下った。

誰もが経験した自転車練習と、正面から向き合うしかない。

 

 

あんなグラグラする機械が、足より速いわけがない。

将来あのグラグラが原因で、車に轢かれるかもしれない。

むしろあの鉄とか、体に悪いんじゃないか?

何か手のひらから変な成分が入って、病気になるんじゃないか?

 

 

そんな理不尽な言い訳を、すべて拭い去った。

私は自転車と正面から向き合う覚悟を決めたのだ。

 

仕方がない。

小学生にとって、友人にハブられることほど恐怖なものはないから。

 

 

 

意外と楽しかった自転車訓練

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自転車訓練をすると父親に告げた日。

彼は最高に喜んでくれた。

 

彼は彼なりに、私のダッシュ生活を危惧していたのだ。

いつか自転車の乗り方を教えなくてはいけない、そう思っていたらしい。

 

テンションが上がった父親は、毎日私の訓練に付き合ってくれると言った。

そして父親との時間が取れるのは、出勤前の朝の時間であった。

 

結果、自転車訓練はびっくりするほど朝早くから始まった。

それはラジオ体操がまだ鳴り響いている時間だった。

 

 

私の自宅から少し歩いたところに、大きな公園がある。

そしてそこで、夏休みのラジオ体操が開催される。

 

 父はその公園で、自転車の訓練をしようと言い張った。

しかし私は、断固として首を縦に振らなかった。

 

近所の想いを寄せていた幼馴染も、ラジオ体操に参加するのだ。

なぜ自分が自転車に乗れないことを、公表しなくてはならないのか。

 

そう言い張り、私は駄々をこねまくった。

それこそ駄々の見本と言わんばかりに、両腕をぐるぐる回転させた。

 

 

ぶったたかれた。

 

そして次の日から、早朝の自転車訓練が開始したのだ。

 

 

次の朝6時前、既にニッコニコで新品の自転車を用意している父親。

朝もやのかかる庭の父親は、確実に私より自転車に愛情を注いでいた。

 

もうむしろ、私の代わりに乗ればいい。

その方がきっと、自転車にとっても幸運だろう。

 

 

そんな事はどうでもいい。

自宅からは既に、公園のラジオ体操の音楽が聞こえている。

 

そして間違いなく、私の好きな子がそこにいる。

それは第七感くらいで、ビビッと感じ取ったのだ。

 

 

そしてついに、新品の自転車が出陣する。

父親に乗られた自転車は、明らかに徒歩の5倍は早かった。

 

おお。

さすが自転車、なんという速度だ。

 

走りながらついていき、あっという間に公園までたどり着く。

しかし、心の準備など1ピコもしていない。

 

 

ラジオ体操に興じる、近隣住民たち。

そして彼らの目線が、一斉に私に向けられたのだ。

 

ドラ〇モンのヘルメットをかぶった少年が、自転車を握っている。

その隣にはやるでぇぇ!!とテンションの高いおっさん。

 

誰がどう見ても、自転車練習だ。

世界中でこれを運動会の練習と考える者はいないだろう。

 

 

私は今から、ここで公開処刑されるのか?

おはよう!と毎朝挨拶する住民の前で、何回こければいいのだ?

 

その恥ずかしさは、過去最高だった。

恥ずかしさというより、一種の地獄だった。

 

 

しかし、そんなことはお構いなし。

それが我が家のパパ様である。

 

早速自転車に乗せられ、いきなり後ろから押し始められる。

私も何回か見たことのある、見慣れた光景だ。

 

 

そしてコケる。

クスクス笑われる。

応援される。

 

 

その時、私の顔は何度だったのだろう。

恐らく、顔から火が出るレベルを超えていたに違いない。

 

何度も転び、何度も誇りを失う。

小さな少年の誇りだが、大切に育ててきた大切な地位だ。

 

そしてラジオ体操の終了と同時に、訓練も終了する。

父親の出勤時間が、迫ってきたのだ。

 

ボロボロになり、涙を流しながら帰宅する。

しかしそれでもなお、父親は励ましてくれた。

 

 

良くあんなに転べるな。

お前、なかなか才能があるぞ。

 

何の才能だ。

言葉は正しく使って欲しい。

 

そんな感じの言葉を言われ、父親と一緒に帰宅する。

明日もやるからな!と、ご飯を食べながら言われるのだ。

 

 

しかし、実際のところ。

私は内心、かなり嬉しかった

 

父親がここまで本気で、私に付き合ってくれるとは思っていなかった。

 一人で公園に行ったら、私は5分で帰って来ていただろう。

 

そして今も尚、自転車に乗れていないだろう。

無理やりにでも見守ってくれることが、これほどまで心強いとは。

 

彼も昔、同じように父親に見守られたのだろうか。

もしそうなら、私にも自分の受けた愛情を注いでくれたのだろうか。

 

今となっては、そう感じる。

 

 

しかし。

 

当時の私は、そこまで素直ではない。

私の頭に浮かんだのは、このフレーズだけだ。

 

明日もやんのか。

 

 

 

慣れを実感し始めた、4日目

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そして次の日の朝、彼はまたも自転車を磨いていた。

またあの辱めの時間が始まるのだと、私は覚悟をした。

 

いざ公園に着くと、昨日と同じラジオメンバーが迎えてくれた。

当然私の好きな子も、ちらちらこちらを見ている。

 

 

おい!始めんぞ!

 

仕事を控えてる父は、私にガシガシ練習をさせた。

昨日と同じように、何度も転び、何度も応援された。

 

恥ずかしさは減少することもなく、相変わらず現役バリバリだ。

昨日と全く変わらぬ自分の運動神経に、敗北感すら感じられた。

 

 

そしてラジオ体操が終わり、自転車を引き上げる。

父と共に帰宅をし、朝ご飯を食べる。

 

そこからは、いつもの朝と何も変わらない。

違うのは膝が痛いことと、普段よりご飯が美味しいことだけだ。

 

 

そして変化は4日目

これは私の記憶に、鮮明に残っている。

 

 

いつものように公園に行くと、いつものラジオメンバーがいる。

彼女たちはいつものように、私を応援してくれているのだ。

 

えらいなぁ、頑張っとるなあ。

すぐできるようになるけん、頑張りんちゃい。

 

 

そんな言葉をかけられている時。

私はふと思った。

 

 

なんか…慣れてきた。

 

別段、技術が上がったわけではない。

運動音痴だった私は、ビシバシこけつづけていたのだ。

 

しかし周囲の目線が、 全く気にならなくなってきたのだ。

いつもなら恥ずかしくて死にそうなのに、全く平気なのだ。

 

 

なんだこれは。

私はどうしちゃったのだ。

 

小学生として初めて体験する、恥づかしさの慣れ

これは実際のところ、今でもかなり役に立っている。

 

 

何かをやる時に、恥ずかしいと思うことは殆どない。

何か言われるかもしれない、否定されるかもしれない。

そういう意識は、かなり薄い。

 

それはこの幼少期の経験が、かなり役に立っていると断言できる。

この自転車練習だけでなく、父親に振り回された数々の経験のおかげだ。

 

ただそれは、レジでアイス温めてくださいとお願いする類ではない。

あくまでも失敗したら恥ずかしい、という類の羞恥心を克服できたというお話だ。

 

 

そしてその日も、いつものように自転車をこぎ続けた。

応援されながら、父親に押されながら練習を続けた。

 

早くも4日目

通常ならば、段々とスムーズにいくとお思いだろう。

 

しかし私の幼少期の運動音痴は、まさに人外

今でこそ人並みだが、圧倒的なポンコツ兵士だったのだ。

 

こげどもこげども、こけ続ける。

頭で考えると言う作業が、一切介在していないのだ。

 

 

しかし。

この行程でも私は、また一つのことに気が付いた。

 

 

そんなに…こわくねぇ。

 

自転車への恐怖も、4日目となれば慣れてくる。

脳が新鮮な恐怖だと、判断しなくなったのだろう。

 

そうすると、段々アグレッシブなこぎ方で攻め始める。

こげる感覚を少しづつ磨き上げ、身に着けていく。

 

 

ここまで来れば、もうゴールは目の前だ。

直ぐにこげるようになるだろう。

 

ただ今だからそう思えるが、当時の私は絶賛パニック中である。

こげない苛立ちと疲労も重なり、焦りが加速する。

 

早く乗れるようにならないと、留守番だ。

何が何でも乗れるようなりたい。

 

そんな自問自答の中、私はだんだん慣れを重ねて行った。

あらゆるものに慣れ、恐怖はほとんど片隅に置かれていった。

 

 

こけることへの痛み。

自転車のハンドルの重さ。

周囲の評価。

短い時間で何かをすること。

朝の早起き。

汚れた服の不快感。

 

 

このいずれも、無理やり父が克服させてくれた。

いや、正しくは一緒に慣れるまで付き合ってくれたものだ。

 

 

そして一週間後、私は自転車に乗れるようになった。

その時の感動は、今でも鮮明に覚えている。

 

初めてのお使いは、シャトレーゼにご褒美のアイスを買いにいった。

 

もちろん、自転車をこぎこぎしながら。 

途中で転倒し、シュ―アイスは道路に食べさせてしまったが。

 

 

たった7日間の話だったが、今でも記憶に残っている。

そしてそれは、スポ小(スポーツ少年団の略)でも大いに役に立った。

 

子供の頃に、父親が本気になって付き合ってくれるのは最高だ。

今もなお、父親に感謝したい記憶の一つである。

 

 

慣れって大切だよね。

さらに付き添ってくれる人がいると、すごく心強いよね。

 

何でもそうだが、慣れるまで待ってみよう。

どんなダイエットも、どんな筋トレも、必ず慣れる。

 

死ぬほどの忙しさも、きっと効率良くできるようになる。

昨日の自分が出来たことは、今日の自分もきっとできる。

 

その成長を繰り返せば、必ず理想の自分に近づける。

自分の嫌いな性格や行動も、絶対に改善できるのだ。

 

 

きれいごとをぶちかましつつ、最後に感謝申し上げよう。

ここまで読んでくれて、本当に有難う。

 

じゃ!またっ!(´◉◞౪◟◉) 

 

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